まちづくり

大洲市の観光/歴史/ダム/川まちづくり構想のことをオンライン勉強会で学びました。その4

せっかく勉強してモチベーションが上がっていても、数日たつとその熱も冷めてしまい結局いつも通りの生活に戻ってしまう人も多いのではないでしょうか。セミナーや講義をめちゃくちゃ真剣に聞いて、走り書きでもメモやノートを取ったはいいものの、なかなか読み返さずに消化不良ページが蓄積しているのが僕です。さて、国の政策に対して、何でこんなことやってるの?これって必要なの?などと思っている人も少なくないようですね。例えばインフラ整備です。僕の周りにも様々な考えを持っている人がいて、良く意見交換をしています。僕は家業が建設業なので災害からの復旧や復興などを身近で見てきた経験や、住み暮らす場所が便利になっていくことで笑顔になる人を見る機会が多かったので、インフラ整備の大切さが昔から学べる環境にいました。みんなから集めた税金をみんなが使うものに還元していくインフラ整備は、関連企業の数も多く、経済を良く回す職人さんたちから飲食店へも資金が循環するので乗数効果(一定の条件下において有効需要を増加させたときに、増加させた額より大きく国民所得が拡大する現象)も高く賛成しています。さて、かわまちづくり構想は地域の人々がそれぞれの力を持って良さを発揮し、川というキーワードを拠点に人の移動や憩いの場として地域を発展をさせていく仕組みだそうです。一緒に考えていきましょう!これから地域の勉強会を主催される方も参考にしてみてはいかがでしょうか。

この記事は全5回になる記事の4本目です。まだ1本目を読まれていない方はそちらからお読みください。川まちづくり構想について学んだ会ですのでお楽しみに。「かわまちづくり」とは『河川空間とまち空間が融合した、良好な空間形成を目指す取組み』のことです。「かわ」とそれにつながる「まち」を活性化するため、地域の景観、歴史、文化及び観光基盤などの「資源」や地域の創意に富んだ「知恵」を活かし、市町村、民間事業者及び地元住民と河川管理者の連携の下、地域の「顔」、そして「誇り」となるような空間形成を目指します。とのことです。【参考文献:かわまちづくり策定の手引き

大洲市の川まちづくり構想専門家による勉強会


講師は国土交通省大洲河川事務所工務第一課係長の井上博義さんです。国土交通省大洲河川事務所では災害対策、情報提供機能の高速化だけでなく、ソフト面強化であるつなごう肱川プロジェクトなど肱川流域の河川に特化したインフラ整備等をしています。今回、井上さんには住民ネットワークを活かし生活の拠点となる川港があるまちづくり構想について計画や社会実験、これからの課題などもお話いただきました。

まずは地域を理解する

肱川の川まちづくり構想というくらいなので短期的に事業を行うのではなく、長期的なビジョンとロードマップを描いて進めています。現在は第一期の5年計画期間です。

【出典:https://www.skr.mlit.go.jp/oozu/kawa/kawamachi/keikakuan.pdf
他の先生からもお話を聞きますが、大洲市肱川は勾配も少なく土地が隆起してできた河川なので、どうしても雨量が多くなると氾濫などの水害が多く発生してしまう地域です。肱川とこれからも共存していくために、より川を理解し、整備が進められるところは進めていく。そしてその川でしっかりと産業が生まれていく賑わいのある川港にしていくためにエビデンスを集めることも必要です。川とまちを繋ぐために、第一期ではすでに社会実験的に多くの事業を行ってきたそうです。

県内で戦えるコンテンツ/全国で戦えるコンテンツを理解する

多くの関係団体らが参加する協議会や社会実験を通じて少しずつ住民への理解と、同じ思いを持って事業を進めていく足並みを揃えているそうです。長期的ということは僕たちの子供世代が大人になった時に喜んでもらえるといいですね。と意見したところ、過去にも河川敷を整備して価値を高めていく事業は行っていたので紹介してもらいました。例えば大洲市民であれば「菜の花フェスタ」会場でお馴染みの菜の花畑。これもかつては同じような構想での一事業だったそうです。この事業もやはり年月をかけて周知されていきましたのでやはり構想は時間がかかるようですね。

詳細はホームページに綺麗にまとめられていたのでそちらをご覧いただくとより分かりやすいです。ここでは肱川かまわちづくりから引用させていただき画像にて紹介をしたいと思います。
令和元年度には以下のような事業を実施したそうです。協議会や勉強会も充実している印象をうけました。この中のひとつ勉強会には僕も参加したことがあり、今回の勉強会ともつながってより身近に感じることができました。

令和2年度は肱川に水上ステージを設置し、肱川を身近に感じられる空間を作る社会実験なども行っているようです。

より多くの地域住民を巻き込みながら進めていくことが得意な日本の政策の進め方に感銘を受けています。そこから一歩先に進み、行政から独立した組織が川港を拠点とした地域の拠点になれるように勉強会や協議会は引き続き開催されるようです。情報などはホームページなどで公開されていますので、興味のある方はどんどん声を掛け合いながら参画してみてはいかがでしょうか。
【肱川かわまちづくり:https://www.skr.mlit.go.jp/oozu/kawa/kawamachi.html

持続可能な仕組みを構築していく

  
計画はまだまだ続く約15年計画の川まちづくり構想ですが、15年計画であるならば完成は単純に考えて約15年後です。当たり前ですが。笑 ということは、僕でいうと50歳1? わーお。それくらい長期的な計画です。僕たちの子供世代、そして孫世代に残していく喜ばれるレガシーにしていくならば、整備はハード面だけでなくソフト面もしっかりと構想していかなければなりません。おそらくハード面に関しては達成できるでしょう。そのハードを上手く利用して持続可能な仕組みづくりができるようなプレイヤーが活躍できる環境整備が田舎、地方が苦手とされているところですよね。まだまだ稼ぐ=悪だと思ってしまう風習も日本人の良さとしてあるので、持続可能にするためには負担を減らさなければなりません。負担を減らすためには何度も言いますが稼がなければなりません。みんなが喜ぶ循環型の仕組みができると全国的にも先だった活動になるのかと聞きながら思いました。

何かつかめましたか

井上さんは物腰柔らかく丁寧に言葉を選びながらお話をしてくれました。川港をキーワードに賑わいの拠点となるような人の流れの起こし方。全国どこも同じ課題を抱えているのではないでしょうか。アイディアなどは浮かびましたか?僕が考えたポイントは、数十年後はもうどうなっているかは誰もわかりません。であるならばソフト面に関しては慎重になりすぎるのではなく、大胆でスピード感をもった進め方で走りながら考えていく柔軟さも必要かもしれませんね。それでもまだまだ関りが持てそうな事業です。個人でもグループでも企業でも一緒に関わりながら地域にインパクトを与えていける存在になりましょう!最後までお読みいただきありがとうございます。それぞれの記事もお読みいただけると理解も深まりますのでお願いします。この記事は全5回になる記事の4本目です。まだ1本目を読まれていない方はそちらからお読みください。

これまでも書きましたが個人的な意見を最後にもう一つ。お隣の内子町小田川(僕の超地元に流れる川)では、ふるさとの川モデル事業に取り組みました。昭和60年代から平成9年まで、それまで治水・洪水対策として小田川の護岸改修が計画される中、機能一辺倒で温かみも優しさも感じられないコンクリートで塗り固めてしまうのではなく、これからはふるさとの川をできるだけ自然のままの姿で残し、魚や虫、鳥たちが住める川にしたいという、町ぐるみの運動から生まれた事業でした。景観の美しさだけではなく、魚や昆虫、植物の生息環境に充分に配慮した他自然型護岸。人々が水や生き物に身近に接することのできる親水ゾーンの設計。大がかりな樹木の移植など、当時としては全国でも前例の少ない工事として平成9年に竣工しました。僕は小学生でしたが弊社(今はなき環境土木建設部)が担当させていただきましたが、当時の資料を見ると全国から視察に来るほどの工事だったそうです。この肱川まちづくり構想も全国から視察が来るようなそんな先進的な事業になると良いですね。

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なりたい自分は「かっこいいおじいちゃん」です。将来、自分の子どもや孫に憧れられたいです。そうなれるように日々を過ごしています。